皆さんこんにちは!
パイント君です。
さて、レコード紹介の2回目です。
早くも若干趣向を変えて。
ブリティッシュ・ロックの重鎮である
ポール・ウェラー(Paul Weller)
その人について語りたいと思います。
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ソロ5作目の『Heliocentric』(2000)
しかし、フツーのアプローチでは面白くないので!
40年以上に及ぶ長いキャリアの中で取り上げてきた数々の
カバー曲
を通して、
彼のスタイルや嗜好、センスについて掘り下げていこうかと。
従って、ご紹介するレコードは前回のように1枚だけというワケにはいかず。
相当な数になると思いますよ。
とにかく人気のある人なので、ヘタなことは語れませんが。
できるだけ本音でいきますので、よろしくお願いしますっ!
ポール・ウェラーの思い出を少々
その前に、ポール・ウェラーに関する個人的な思い出を少々。最初に彼の名前を聞いたのは、高一だったでしょうか?
「ザ・ジャム(The Jam)」のコンサートに子供の時に行ったというツワモノが、クラスにおりまして。
「リードボーカルの奴がギターの弦を切りまくるわ、ズボンのヒザに穴を開けるわで、気合い入ってたよー」
と言うのです。
しかしパイント君は既に、前回ご紹介したクラッシュ(The Clash)やセックス・ピストルズ(The Sex Pistols)を聞いていたので。
その際は
「パンクロック・グループの一つかー」
くらいにしか思いませんでした。
何しろ当時のパイント君といえば。
1960年代大好き少年として
「ビートルズの全曲を歌えるようにする」
「ローリング・ストーンズの何曲かをギターでコピーする」
「ザ・フーとキンクスのレコードを持っている奴を探す(借りるため)」
ことに忙しく。
他にはあまり手が回らなかったんですよ苦笑。
(分かりますよね?)
ところが実は!
ポール・ウェラーは24歳にして、人気絶頂だったジャムを解散させており。
「スタイル・カウンシル(The Style Council)」
なる新たなグループを結成して、日本でもオシャレさんの間で徐々に人気が高まっていたんですよねー
そこで遅ればせながら、スタカンを追いかけ始め。
ジャム時代にも遡って同時進行で聴くということに相成りました。
スタカンの日本コンサートにも、貯金はたいて行きましたよ!
友人の女性はラッキーなことに、路上で2度もポールに出くわしています。
しかし、スタカンも末期になると、ほとんど話題にもならず。
ソロになって、「ポール・ウェラー・ムーブメント(Paul Weller Movement)」名義で
シングル『Into Tomorrow』(1991)
を出した時は、応援募金みたいな気持ちで買ったことを覚えています(涙)。
実際、最初はドサ回りみたいなことして音楽を続けていたようですが。
1993年の『Wild Wood』以降は、最新作の『True Meanings』(2018)まで、25年間もUKアルバムチャートのトップ5に作品を送り続けています!
いやー大したもんだ。
パイント君はもちろん、ロンドンでもコンサート会場に足を運びました。
ちなみに、実際のポールって、思ったより背が高くて、手とかもゴッツイんですよ。
ポールへの複雑な気持ち
ポールのイメージって、やっぱアレですか?スタカン時代に代表されるオシャレさん?
確かに、ブリティッシュ・トラッドにちょっとスパイスを加えたモダンな着こなしはすごく粋だし、そもそも元々の外見がいいですよね。
好きな音楽の趣味もいい。
そういう意味では、センスの塊というか、ライフスタイルも含めたファッションアイコンとしての地位を確立していると言えるかも。
でも、パイント君のイメージはちょっと違う。
意地悪な言い方をすると、
「好きだからという理由だけで安易に何でも取り入れる奴」
かな?
高校生が学園祭でコピーするような感じというか。
デヴィッド・ボウイにもそういうトコあるけど。
彼の場合は、もうちょっと計算して自分なりに消化していた気がします。
誤解してほしくないんですけど、パイント君は筋金入りのポールのファンでして。
常にリスペクトしてきました。
だからこその苦言というか、物足りなさというか。
ピーター・バラカン氏も昔言ってたけど、
「いつになったらポール・ウェラーやるのかな」
っていう感覚が常に付きまとうミュージシャンなのです。
弱冠18歳でジャムのフロントマンとしてデビューした早熟の天才で、ギターもうまい。
好き嫌いは別にして、歌詞には一本筋が通ってるし、市井の人々に対する眼差しも優しい。
音楽に対するアプローチに柔軟性があり、常に新しいことに挑戦している。
そして、ちょっと一本調子だけど、あのハスキーでソウルフルな歌声。
…まさにいいことずくめ。
でも、
「結局、ポールの音楽性ってどういうもの?」
って考えると。
「モッズ・リバイバルの中心人物=モッドファーザー」(スモール・フェイセズ(The Small Faces)の影響大)
「1960年代ととパンクの融合」
「(かつてのモッズがそうであったように)ソウル好き」
…うーん。
何か、これだっていう表現が見当たらない。
彼が影響を受けてきた大好きなものが、全面に押し出されすぎな感じがして。
核が見えづらいというか。
そういう側面は、ジャムの初期からバンバンやっているカバー曲にも表れている。
実直なだけに「好き好き光線」が強すぎて、リスナーのこちら側が乗り切れないというかね。
いい曲書くんだし、オリジナルだけやってりゃあいいじゃん!、と。
(*あくまでパイント君の見解です)
あっ、もちろんカバー曲の選曲センス自体はいいんですよ!
ポールのおかげで知った曲もあるしね。
うまく説明できなくて申し訳ないのですが。
パイント君はポールに対して、そういう複雑な感情を抱いてきたんです。
しかし!
『Wild Wood』と『Stanley Road』(1995)辺りからかな?
「あっ、ポールはこういう音楽がやりたかったんだ。今まさにポール・ウェラーをやっているんだ」
と、素直に思えるようになったんです。
労働者階級という出自に根ざした
”ホワイトソウル”
とでも言うのかな?
そうだそうだ、そういうことにしておこう。
なので、ちょっとイライラしていたジャム時代からのカバー群に関しても。
微笑ましい気持ちで聴けるようになりました(^^)
(つーか、自分が年取っただけかも苦笑)
カバー曲を一挙紹介
それでは、ようやく本題に入ります汗まずはジャム時代(1977〜82)から。
アルバム「In The City」(1977)
記念すべきファーストアルバムには、2曲カバーが入っている。
『Slow Down』(原曲はラリー・ウィリアムズ Larry Williams, 1958)
ビートルズをカバーするとなると、さすがに気が引けるんで(使用料も高そうだし笑)。
ビートルズのカバーのカバーならいいと判断したか?
『バットマンのテーマ Batman Theme』(原曲はニール・ヘフティ Neil Hefti, 1966)
ザ・フーのEP(!)盤「Ready Steady Who」(1966)収録の、
お遊び的なカバー、のカバー。
シングル「The Modern World EP」(1977)
『Sweet Soul Music』(原曲はアーサー・コンリー Arthur Conley, 1967)
『Back In My Arms Again』(原曲はシュープリームス The Supreme, 1965)
3枚目のシングルではソウル系2曲をカバー。
完全にモッズ気取りだ。
シュープリームスを取り上げるなんざ、
ビートルズ→マーヴェレッツ
ザ・フー、キンクス→マーサ&ザ・ヴァンデラス
みたいな、
「男性ビートグループがモータウンの女性グループをカバーする」
ってパターンをなぞってますな。
Sweet Soul Musicの方は…やたらパンキッシュでソウル感ゼロ苦笑。
アルバム「THIS IS THE MODERN WORLD」(1977)
『In The Midnight Hour』(原曲はウィルソン・ピケット Willson Pickett, 1965)
ウィルソン・ピケットの、アトランティック時代の超有名曲。
アレンジは色々工夫してるけど、カバーするには10年早いって感じかな。
シングル「David Watts」(1978)とアルバム「All Mod Cons」(1978)
『David Watts』(原曲はキンクス The Kinks, 1967)
ポール・ウェラー(とそのバンド)によるカバー曲の中では一番有名では?
てか、キンクスのオリジより有名かも。
というのも、キンクスはこの曲をシングルカットしておらず。
しかも、収録アルバムの「Something Else By the Kinks」には
『ウォータールー・サンセット(Waterloo Sunset)』
とか
『道化師の死(Death of a Clown)』
などもっと有名な曲が入っているのでね。
ジャムは何しろ完コピしてます。
シングル「Down In The Tube Station At Midnight」(1978)
『So Sad About Us』(原曲はザ・フー The Who, 1966)
「Ready Steady Who」とほぼ同時期に発売された、
ザ・フーのセカンドアルバム「A Quick One」収録の隠れ胸キュン曲。
これでキンクスとフーの両方のオリジに手を出したことになる。
なんと言うか…無難なカバー。
後年、ポールが作者のピート・タウンゼントとアンプラグド的にライブ共演しており、こっちは素晴らしい。
アルバム「Setting Sons」(1979)
『Heat Wave』(原曲はマーサ&ザ・ヴァンデラス Martha and the Vandellas, 1963)
とうとうやっちまったよ!
上で書いた
「男性ビートグループによるモータウンの女性グループのカバー」
(ザ・フー→マーサ&ザ・ヴァンデラス)
…のさらにカバー!
まあ悪くはないけどね、ロジャーと比べてちょっとガナリ過ぎかな。
パイント君はフー版(またも「A Quick One」収録)の方がいいと思いまする。
好みの問題です。
シングル「Funeral Pyre」(1981)
『Disguises』(原曲はザ・フー The Who, 1966)
またもや「Ready Steady Who」収録の、どサイケ曲。
ネオサイケにはちょっと早すぎたぞポール!
シングル「Just Who Is the 5 O’Clock Hero?」(1982)
『War』(原曲はエドウィン・スター Edwin Starr, 1970)
うーん。
時代性の強いこの反戦歌を敢えて取り上げたのは、反サッチャー魂か?
シングル「The Bitterest Pill (I Ever Had To Swallow)」(1982)
『Fever』(原曲はエディー・クーリー&ザ・ディンプルズ Eddie Cooley And The Dimples, 1956)
50年代のR&Bクラシック。
オリジより凝ったアレンジといい、もはやジャムじゃない。
既にスタカンを視野に入れてたんでしょう。
実際、The Bitterest Pillのプロモビデオでは、もうトレンチコートを着てましたね。
シングル「Beat Surrender」(1982)
ジャム最後の勇姿!
ジャケの女性はポールの元カノ!
写真は12インチ盤の方で、カバーが3曲もある!
『Move On Up』(原曲はカーティス・メイフィールド Curtis Mayfield, 1970)
おいおい、またまたこんな超有名曲を…。
単にやりたいだけじゃん。
楽曲、ボーカル、ギターのどれを取ってもカーティスは一流なんだぜー。
『Stoned Out Of My Mind』(原曲はシャイライツ The Chi-Lites, 1973)
上ほどじゃないが、これまた有名なシャイライツの代表曲。
もう好きにしなよ、最後だしって感じ苦笑。
『War』(原曲はエドウィン・スター Edwin Starr, 1970)
2度目のカバー!!
…勝手にどうぞ。
ちなみにBeat Surrenderのビデオ(テレビ番組のミニライブ)を見ると。
ポールは後ろの方で突っ立って歌ってるだけで(たまに煮え切らないダンス)、楽器すら弾いていない。
着ているセーター(イギリス英語では「ジャンパー」と呼びます)はおしゃれだけど。
ライブアルバム「Dig The New Breed」(1982)
『Big Bird』(原曲はエディ・フロイド Eddie Floyd, 1968)
『Knock on Wood』などで有名なスタックス・レコードのスター、エディ・フロイドの隠れ名曲。
ライブ盤ということもあるんだろうけど、もともとパンクとの親和性が高い曲なんだね。
選曲のセンスといい、このカバーは納得!
お次はスタイル・カウンシル時代(1983〜89)から。
意外と少ない。
アルバム「The Cost Of Loving」(1987)
『Angel』(原曲はアニタ・ベイカー Anita Baker, 1983)
ソウルの歌姫アニタ・ベイカーのソロデビューアルバム収録曲。
モータウンを除き、初めて女性アーティストの曲をカバー(だと思う)。
このアルバムは全体的に、今までに見られないしっとり系で攻めてますので。
その意味では、非常にマッチした選曲ですね。
シングル「Promised land」(1989)
『Promised Land』(原曲はジョー・スムーズ Joe Smooth, 1988)
えっ、超絶有名なハウス・クラシックじゃん!
しかもオリジナルの翌年に出すたあ、トチ狂ったか?
実際、この年でスタカン解散だもんなー
では、最後にソロ時代(1992〜)行きます!
アルバム「Wild Wood」(1993)のデラックスエディション
『I’m Only Dreaming』(原曲はスモール・フェイセス The Small Faces, 1967)
我慢に我慢を重ねてきたんでしょう。
満を持してポール最大のアイドル、
スティーブ・マリオット(スモール・フェイセスのリードシンガー)
をカバー!
ここまで粘ったのは、ビートルズがプレスリーを公式にはカバーしなかったのと同じたぐいの矜持かもね。
(ライブでは既にやってたかも)
いやー、さすがこなれてます。
『Ohio』(原曲はクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング Crosby, Stills, Nash & Young、実質的にはNeil Young作)
悪いクセだな、あからさまにニール・ヤングに手を出してきた。
やることが分かりやす過ぎでしょう。
このころのビデオを見ると、アコースティックギターを抱えているものが多いので、1960〜70年代のフォークロック/プロテストソングに傾倒していたのかもしれません。
いや、逆にアコースティックギターをいじってたら、自然とその手の音楽をやりたくなったのかも。
アルバム「Stanley Road」(1995)
『I Walk On Gilded Splinters』(原曲はドクター・ジョン Dr. John, 1968)
一番意表を突かれたのがこの曲。
ドクター・ジョンのデビューアルバム「Gris-Gris」に入ってる。
こないだ亡くなった本人は、ポールにカバーされて喜んでたみたい。
アルバム「Studio 150」(2004)
とうとう出た、カバー集!
今まで出さなかったのが不思議なくらいだ。
しかし、ボウイの「ピンナップス」のような統一感は全く感じられず。
得意のソウル系以外では、
ボブ・ディランやティム・ハーディンのようなフォーク系
バート・バカラック(カーペンターズ)
またもニール・ヤング
そしてオアシス
という節操のなさ。
こちとら、せっかく微笑ましい気持ちになっていたのに、取り消したくなってきた苦笑。
…気を取り直して、アルバムの中からソウルっぽいのを挙げると。
『If I Could Only Be Sure』(原曲はノーラン・ポーター Nolan Porter, 1972)
知らなかったけど、ノーザンソウル系の曲みたいですね。
出来がいいのは、ポールが年取ってからカバーしたからかも。
『Wishing On A Star』(原曲はローズ・ロイス Rose Royce, 1978)
マジか、ローズ・ロイス!
でも考えてみれば。
女性ボーカルモノは20年前のアニタ・ベイカーで味をしめていたワケで。
そういう意味では、意外ではない。
ところで正直言って、男性アーティストの作品のカバーはポールには分が悪い。
よりによって取り上げるのが完成度の高い有名曲が多い上に、原曲の歌い手も表現力が高い人ばかり。
しかし、女性ボーカル曲の場合。
例の一本調子のシャウト(失礼)とは違ったソフトなアプローチを取らざるを得ないからかな?
選曲の意外性も功を奏して、高いレベルに昇華しているケースが多い気がする。
(このアルバムだとThinking Of YouとかClose To Youとかも)
『The Bottle』(原曲はギル・スコット=ヘロン Gil Scott-Heron, 1974)
オリジはベースラインとフルートがクセになるナンバー。
さらにパワフルにした感じで、なかなか良い。
この曲はポールのボーカルスタイルに合ってると思う。
『Hercules』(原曲はアーロン・ネヴィル Aaron Neville, 1973)
うーん。
唯一無比の個性的なボーカリスト、アーロン・ネヴィル(作ったのはアラン・トゥーサン)に挑戦するかね?
ドクター・ジョンに続くニューオーリンズ音楽へのリスペクトと考えれば納得が行くけど。
いくら好きでも、オリジナルを上回ることができないなら
「やらない」のもリスペクトだ!
とパイント君は思うのですが。
『Thinking Of You』(原曲はシスター・スレッジ Sister Sledge, 1979)
これは良い。
シスター・スレッジの大ヒットアルバム「We Are Family」収録曲で、なぜか1984年にイギリスで独自にシングルカットされた。
(知ってる人は理由を教えて下さい)
どちらの年に聞いたにせよ、ポールは既にプロ。
影響を受けたというより、単にお気に入りだったんでしょう。
そのままカバーしても、ナイル・ロジャースのようなグルーブを出せるはずもなく。
アコースティックギターで攻めたのは正解と思われ。
パイント君はこの曲を世界3大「ダウンフロアでこのままずっと終わって欲しくない曲」に認定しているので、そのままカバーしたら投書してたわ(ウソ)。
『Family Affair』(原曲はスライ&ザ・ファミリー・ストーン Sly And The Family Stone, 1971)
うーん。
こんな有名な大ヒット曲を、「この人」がやる必要あるのかなー。
それしか言えない。
…以上です!
まとめ
いかがでしたか?カバー曲を通してポール・ウェラーのキャリアをざっと振り返る
という試みは、うまくいったかどうか。
あまり自信はありません。
漏れている曲もあるかと思います。
で、個人的には。
趣味はいいけど選曲があまりに安直だったり、
原曲を超える出来のものが多くなかったり、
取り上げる必然性が感じられなかったり、
…というのが正直な感想です。
ソウルを取り上げるなら、ブラックミュージシャンに太刀打ちできるだけのパワーと表現力がないと苦しいと思うんですよねー
あるいは、全く新しい解釈で楽曲を再構築するか。
同じく安易なところがある剽窃の天才ボウイの場合は、声が貧弱ながらもそれができている気がします。
カバーするからには、そうでないと意味なくないですか?
その点、ビートルズとローリング・ストーンズはやはり別格ですね。
カバー曲の多くがマイナーな曲で、有名曲でも出来がオリジナルを超えてるし。
(超えられなければ、やらないスタンスだったのかも)
と・は・い・え。
カバー曲に表れているポールの音楽的嗜好が血となり肉となり、彼のパーソナリティーやミュージシャンシップを形成してきたのは、紛うことなき事実。
衝動の赴くまま、天賦の才能をほとばしらせて青春時代を突っ走ったジャム時代。
その絶頂期にバンドを解散させて、永遠に封印した潔さ。
持ち前の趣味の良さと実験精神で”スタイル”を探求しながらも、最終的には迷走したスタイル・カウンシル時代。
失意のままスタカン解散を余儀なくされ、引退も考えた空白時代。
それを乗り越えて自分探しの旅を再開し、本当の意味で花開いたソロ時代。
どうです?
おしゃれなイメージに反して、実直で不器用な男の熱い生き様が感じられませんか?
そして、決して過去を振り返らない。
ホント、いい歳の取り方をしてるわ。
硬派に見えて、適度に女好きなところもいい笑
多くの若いミュージシャンからリスペクトされているのも頷けます。
惜しむらくは、もっとアメリカで売れてもいいと思うんですけどねー。
(ビルボードでは、スタカン時代の『My Ever Changing Moods』29位が最高位)
では最後に、オススメDVD(ブルーレイ)のご紹介を。
2015年秋に発売された、その名も『The Jam: About the Young Idea』。
“About the Young Idea”というのは、デビューシングル『In The City』の歌詞の一節ですね。
内容はジャムのアンソロジーというかドキュメンタリーで、3人以外の初期メンバーやファンなども登場。
ポールはジャムの再結成は絶対にないと言い切っていますが、以前よりは素直にこの時代について懐かしそうに語っているのが印象的です。
ロンドン郊外の庶民の生活が垣間見えるのも見どころです。
同年夏にはDVD発売に先立ち、ロンドンのサマセット・ハウス(Somerset House)で同じタイトルのジャム回顧展が催されました(^_^)
何枚か写真を貼り付けておきますね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次はどのレコードを紹介しようかなー
インスタ
https://www.instagram.com/innergroove01/